徳永商店は、確かな製材技術でお客様のニーズに的確に応える木材製品をお届けします。
3連休の中日、霧島方面にドライブしました。
行楽の秋にふさわしい天気に恵まれ、久しぶりの森林浴を楽しみました。
写真は、関之尾の滝です。
雨が降り続いていた影響か川の水量が著しく増加しているようでした。
普段なら渡れる吊り橋も通行止めに。
写真正面の山は高千穂の峰です。
23日は、高野山真言宗 福林寺の彼岸の法要に行ってきました。
約40名の檀家さんが集まり、ご住職による読経が行われました。
ここ数年は、読経の後のアトラクションとしてハワイアンバンドの演奏があります。
お寺とハワイアン。対局にありそうな感じがしますが、本堂で聴く演奏は中々乙なものです。
演奏の後半から、住職もウクレレ奏者としてバンドに参加(写真右端)。
・ 人が集まるところには、そこには需要が暗示されている
・ 明日になれば、今日の常識は非常識になっている
・ 時代の変化に対応するのではなく、変化を作り出せ
・ 安売り商売はくたびれ儲け、革新的な商品だけが利益をもたらす
・ 実感していない者の言葉は軽い
・ 年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。
インスタントラーメンの生みの親 安藤百福(あんどうももふく)氏の言葉
先日テレビで見た安藤百福氏の生前の言葉を書きとめてみました。
安藤氏は47歳の時にインスタントラーメンの研究開発を独力で1年間行い、
チキンラーメンを商品化することに成功、その後カップヌードルという世界的な商品を
生みだした人物です。
休日に立ち寄ったメディキット県民文化センター
敷地内の銀杏の木が青く色づいていました。
近くに寄って見てみると、ぎんなんの実が黄色く熟していて、
まるでフルーツみたいな表情をしています。
ひそかな秋の訪れを感じた午後でした。
当社に50年以上に渡り勤務していただいた社員のHさんが8月末で退職されました。
Hさんは昭和33年(1958年)に入社され、以来、会社の発展に貢献していただきました。
木材業界の歴史と当社の歴史を半世紀に渡り見続けた、まさに時代の生証人のような人です。
16歳で入社したHさんは、夜学に通いながら仕事を続けた苦労人だけに、仕事に対する姿勢もすばらしいものを持っていました。
社員の中でも仕事の段取り、仕事の早さはピカイチで、何でも出来る有能な社員でした。
それ故に、退職の日を迎えることは、残念でならなかったのですが、こればかりは仕方のないことでした。
半世紀にわたりお世話になったHさんにこの場を借りて改めて御礼申し上げます。
人生の大半を当社と供に過ごしていただいたことをありがたく感謝し、
これからの人生が幸多きことをご祈年申し上げます。